平野啓一郎

どんなかたちの愛であれ、私たちは、愛する人と一緒に過ごす時間が心地良い。もっと言うなら、一緒にいるだけで、相手がどうだろうが、勝手にこっちがうれしい。心が安らぐ。夢見心地になる。静かな喜びに満たされる。そして、持続する関係とは、相互の献身の応酬ではなく、相手のおかげで、それぞれが、自分自身に感じる何か特別な居心地の良さなのではないだろうか? 。。。愛とは、「その人といるときの自分の分人が好き」という状態のことである。 。。。文学はまさしく、個人であるはずの主人公が、恋愛をする複数の分人を抱えてしまっていることによる矛盾と葛藤を、飽きもせずに延々と描いてきた。